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大阪公立大学混声合唱団
Chor Firede の歴史

設立(1955年頃)合唱団フリーデの歴史は、1955年の大阪市立大学混声合唱団結成時に始まる。当時のグリークラブ及び女子合唱団の有志によって設立され、多い時には70人越えの部員を有した。

うたごえ運動時代(1960年代)第二次世界大戦後の日本では合唱団の演奏活動を中心とした大衆的な社会活動・政治活動である「うたごえ運動」が活発になる。このあおりを受け、1960年代に市立大混声から「うたごえサークル あすなろ」が分裂して誕生する。この頃は混迷の時期であり、正確な設立年や当時の活動状況は不明な点が多く、うたごえサークルとしての活動記録は一切残っていない。フリーデ設立期(1966年頃)1966年に「合唱団フリーデ」へと名称を変える。

(1)健康で明るい歌をうたおう

(2)歌う喜びをみんなのものに

(3)サークル活動を通じて人間的に成長しよう 

の三原則を掲げる。

1969年12月6日に第一回演奏会を開催。この頃の曲目は、ロシア民謡や黒人霊歌といった「うたごえ運動」の名残を感じさせるものであった。また、この年は安田講堂事件が起こった大学闘争全盛期であり、活動全般を封鎖された大学内で行う混沌とした時代であった。第二回演奏会が開催されたのはこの2年後であり、1975年の第6回からようやく「定期演奏会」という名前に変わったことから、長期的な活動への不透明性があったことが読み取れる。当時は40名程度の団員を抱えていた。

フリーデ中期(1980〜2010年代)1981年には初めてのjoint concertを開催。大学部会などへの活動参加も活発になり始める。それに伴い、自分たちの活動や合唱の在り方を模索するような記述が多く読み取られ、一種の転換期になっていたようにも思われる。団員数は60〜70人程度を推移し、多いときは80名以上の団員が在籍していた。2010年代に入ると団員数は40〜50人程度となる。

コロナ禍(2020年頃)2020年、新型コロナウイルス感染拡大に伴い課外活動に大きな制限が課される。Zoomを用いた新歓やオンライン合唱といった形態で活動を模索し、この年の定期演奏会開催は無事実現。コロナ禍でも定期演奏会は途切れることなく開催された。翌年以降も緊急事態宣言が発令されるたびに対面活動が禁止されるなど、イレギュラーな活動を余儀なくされるが、その中でも毎年10名程度の新入団員を迎え、30〜40名程度の団員数を維持した。コロナ禍に団員数大幅減や廃部になった合唱団が多くあるなかで団員数を維持した当時の人々には感服するばかりである。

フリーデ末期(2022〜2025)2022年4月に大阪市立大学と大阪府立大学が統合し、新たに大阪公立大学が誕生。それに伴って「大阪公立大学合唱団フリーデ」へと名称を変える。コロナ禍は乗り越えたものの、新入生に高校時代にコロナ禍が直撃しており、合唱経験者は激減。新歓は苦戦を強いられるものの30名弱の団員数を維持する。かつてに比べると小規模であるが、公立大体制下でも学内最大規模の団員数となっていた。2025年秋から、新たに森之宮キャンパスが開設されることが決定。学生の分断などから今後の活動への不安感が高まる中、グリークラブより統合の申し入れがあり、これを受け入れる。2024年12月には第55回記念定期演奏会が開催され、OBOG合同ステージでは「心の四季」と学生歌を披露。これをもって合唱団フリーデとしての最後の演奏会となる。翌年、2025年2月にグリークラブと正式に統合し、「大阪公立大学混声合唱団」として新たに活動を始めることとなった。

大阪公立大学混声合唱団

〒558-8585 大阪府大阪市住吉区杉本3-3-138

​©大阪公立大学混声合唱団

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